記憶を手繰り寄せている私に、イケメンが「おい」と話しかける。
「もしかして、この家、お前の?」
「私のっていうか……。私の住んでた部屋があるアパートです」 「げ、マジかよ……」男の人は顔を歪めて、まるで自分に起きた事のように絶望の表情を浮かべた。もしかして、哀れんでくれてるのかな?
「(優しい人なんだろうけど、今はちょっと心に突き刺さるというか……)」
「可哀想な目」で見られると、胸がキュッと苦しくなるから苦手。学校でもそうだった。お父さんがいないと分かったら、みんなが私を見る目が変わった。「可哀想」って言う子もいた。なんて言ったらいいか分からなくて、私はただ笑っていた。
今だってそう。だから、こういう時は退散するに限る。
「さっきはありがとうございました。では、これで!」
「え……あ、おい!」向きを変えてダッシュ――しようとしたけど、今日の私はとことんツイてないようで。
ドンッ
誰かにぶつかって、今度こそ尻もちをついた。すると、さっきとは別の人の声で「ハイ」と、私に救いの手が伸びる。
「うわ!君、めっちゃカワイイね!なに?家が燃えちゃった感じ?」
「は、はい。そんな感じです」 「マジ!?やっべー超やべーじゃん!!」すっごくチャラそうな男の人。「そっかそっか〜」って相槌の仕方までチャラい。
「家が燃えちゃったかー、そりゃ大変だ。じゃあね、俺についてきて!今日タダで泊まれる所を教えてあげる!」
「ほ、本当ですか!?」昔、お母さんに「タダより怖いものは無いけど状況に寄っては乗るのもあり」と教えられた!
「(たぶん、今がその状況だよね!)」
乗る!「こっちだよ〜」と路地裏を指さすチャラ男。その人について行こうとする私。だけど、その瞬間――
「はぁ。まさか、お前がこんなに悪い子だったとはな」
「へ?」グイッ
さっき助けてくれたイケメンに、腕を引っ張られ、そして抱きしめられた。しかも、それだけじゃない。イケメンは私のアゴに手をやって、クイッと角度を上げる。それは、まるでキスする直前のしぐさ。
「俺とケンカしたからって、当て付けみたいに他の男にホイホイついていくなんて……」
「へ!?」かお近!ってか顔よすぎ!まつげ長!唇うっす!
だけど興奮する私の頭の隅で、やっぱり「どこかで見た事ある」という気持ちもあって。晴れないモヤモヤが、心の中に積もっていく。
「(喉まできてるのに、思い出せない……)」
歯がゆい表情をする私に、イケメンは「聞いてんのか?」と私の顔をのぞき混む。
「なぁ、仲直りしようぜ」
「なかなおり?」なかなおりって、仲直り?さっき初めて会ったばかりの人と?
「そう仲直り。ほら、目ぇ閉じろ」
「え、んっ……!?」いきなり唇に柔らかい物が当たる。ふにゅ、と。まるでマシュマロみたいな感触。
「(え、これってもしかして。いや、もしかしなくても、キス!?)」
なんで?どういうこと!?
だけど、こっちがパニック状態であるのをいい事に、イケメンのキスの長いこと。怒った私がイケメンを殴ると、まるで「仕方ねぇなぁ」と言わんばかりの顔で離れていった。
もちろん私は酸欠。ハァハァって肩で息をする私を見て、イケメンはニヤリと笑う。
「まだまだ。続きは帰ってから、だろ?」
「はい……」あぁ、ダメだ。酸欠で上手く頭が働かない。というか、なんなの、この人。しかも人生初のファーストキスが路チューなんて!草葉の陰から見守ってくれてるお母さんに、何て報告したらいいのか。
「(いや、お母さんはただ失踪しただけだった)」
あぁダメだ、パニックで頭が働かない。実の母を勝手に昇天させるなんて、相当どうかしてる。ってか、チャラ男がいつの間にかいない。逃げたな、あの人!
反対に、私のファーストキスを奪ったイケメンは、未だに私を抱きしめている。つまり、逃げ場なしだ。
「もう、好きにしてください……」
何も言い残すことはない。っていうか家が焼け、ファーストキスが奪われたパニックに加え、お腹が減って何も考えられない。
だんだんと、体の力が抜けていくのが分かった。腕の中でぐったりしていく私を見て、さすがのイケメンも慌てたらしい。
「は? え、マジで? おい! お前!!」
薄れゆく意識の中、ふと聞こえてきたのは音楽。男の子たちが元気な声で歌っている。
「(あぁ、本当に勘弁してほしい……)」
私はアイドルが嫌いなんだから――
その言葉を口にしたか、していないか。それはハッキリと覚えていない。だけど意識を手放す中。
「好きにしてください、なんて……。冗談でも言うんじゃねぇよ」
私の唇を奪ったイケメンが弱々しく喋り、切なそうに私を見つめたのがわかった。そして最後に、とびきり優しく私を抱きしめたのも知ってしまう。
「(あったかい……)」
完璧に意識を失う前の、ささいな一時。その温もりを、私は確かに感じ取っていた。
「……ん?」長い時間眠っていた気がする。 というか、ここはどこ?自分の家じゃない事は分かる。だって燃えて、消し炭になったもん。「(じゃあ、ここは……?)」綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。たった一つだけ色があるのは……赤い時計。オシャレな壁掛け時計。それは白の部屋に、かなり目立っている。「センスが良いのか悪いのか……。じゃなくて」本当に、ここはどこ? 誰の家?寝る直前に感じた「温かさ」。じんわりと私を包んだような、あのカイロみたいな安心感――そんなことを思っていたけど。目を覚ましたら〝知らない部屋〟にいたなんて、安心感どころか不安感しかない。「とりあえず、出てみようか」背の高いベッドを降りて、足音を立てないように、少しだけドアを開く。すると――「悪い子だな、お前」 「ひゃ!」ビックリした。だって開いたドアの先に〝誰かの目と口〟があったんだもん!「ひっ……!」悲鳴が出た私の前で、扉が大きく開く。現れたのは……――続きは帰ってから。な?あのイケメンキス男だった。「なんで、あなたが……」外で会った時は帽子をかぶっていて分からなかったけど、黒色の髪の毛だ。少し猫っ毛っぽい。そして黒の瞳。その“黒”がイケメンの邪悪度に拍車をかけてる。「つれねーなぁ」と笑うその顔は、見事な悪人ヅラだ。「キスまでした仲だってのにな?」 「だからです!”警戒”っていう言葉、知っていますか……⁉」横目で、ソファの上にクッションがあるのを見つける。よし、これで!「もし私に近づくなら、このクッションで綺麗な部屋をボコボコにします!」 「そのクッションで?」「はい!」 「できんの? ボコボコに」「……」無理かもしれない。だって柔らかすぎるもん、このクッション。フカフカ過ぎて、きっとダメージ0だ。しょんぼりと落ち込んだ私とは反対に、勝ち誇った顔をしたイケメン。「ふっ」と口角を上げ、ソファを指さす。「じゃ、とりあえず話をするか」 「……」こんな危険度MAXのような人と一緒に座りたくないけど、仕方ない。話を聞くためだもんね。「……座ります」 「ん、良い子」 「っ!」良い子――思いもしなかった言葉に不意を突かれる。ちょっとドキドキしちゃった。だけど頬を染めた私とは反対に、イケメ
パチパチと燃え盛る炎に包まれる、私のアパート。季節は一月。冬特有の乾いた空気と、たまに吹き抜ける突風。それにより……「格安木造のアパートが全焼とは……」火の勢いってスゴイ。何がスゴイって、炎がどんどん大きくなっていって、あっという間にアパートを飲み込んでしまう所だ。「出て行ってて良かったね、お母さん……」誤解がないように言うと「ちょっと用事で留守中」とか、「少し買い物に出ている」とかではなく。お母さんは永遠に出て行った。幼い頃に両親が離婚して以来、母に育てられた私。だけど今朝、母は書き置き一枚で、アパートから姿を消していた。『冷蔵庫におにぎりあるからね』そのおにぎりも、アパートが燃えた今は炭になってるわけだけど。「おにぎり、食べたかったなぁ……」栗色ロングの私の髪に、空中を舞う灰が絡まる。黒色の斑点が、髪に浮かび上がった。「はぁ、今日のお風呂が大変だよ。髪が長いと、ただでさえ洗うの面倒なのに」言いながら、燃え上がる自分の部屋を見つめる。そういえば、私の部屋が燃えているということは、お風呂もないってことだよね?寝るところも無いんだよね?どこかのお焚き上げみたいに眺めていたけど、燃えているのは、私の全財産だ。あの炎の中に、(微々たる額とはいえ)私の全財産があるよね?お金だけじゃなくて、学校のカバンや制服も何もかも全部だ。「や、ヤバいかも……!」今さらになって、自分の身に起きた〝最悪の出来事〟を自覚する。ヤバい、本当にヤバい。何も手元に残らない!今日は土曜日。起きた私は意味もなく、ダルダルの部屋着を着て外を散歩していた。だから今、私の手の中には、アパートの鍵が一つあるだけ。「じゃあお風呂とか言う前に、下着も燃えた……?」その時、消防士さんに「下がって!」と注意される。「わ……!!」慌てた私がコケそうになった、 その時――ガシッ「あっぶねぇな」あれ?誰かにギュッてされている感覚。いま私、誰かに包み込まれている?大きな手が、私の腰を掴んでいる。いとも簡単に引き寄せ、倒れそうだった私を真っ直ぐ立たせた。「あ、ありがとうございます……」 「ん、気をつけろよ」 「は……い!?」ペコリとお辞儀をした後。ビックリしすぎて、声が裏返っちゃった。だって!「(なんと言う顔の小ささ!ううん、服が大きいだけ? ひょっとして来年以降も同
「……ん?」長い時間眠っていた気がする。 というか、ここはどこ?自分の家じゃない事は分かる。だって燃えて、消し炭になったもん。「(じゃあ、ここは……?)」綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。たった一つだけ色があるのは……赤い時計。オシャレな壁掛け時計。それは白の部屋に、かなり目立っている。「センスが良いのか悪いのか……。じゃなくて」本当に、ここはどこ? 誰の家?寝る直前に感じた「温かさ」。じんわりと私を包んだような、あのカイロみたいな安心感――そんなことを思っていたけど。目を覚ましたら〝知らない部屋〟にいたなんて、安心感どころか不安感しかない。「とりあえず、出てみようか」背の高いベッドを降りて、足音を立てないように、少しだけドアを開く。すると――「悪い子だな、お前」 「ひゃ!」ビックリした。だって開いたドアの先に〝誰かの目と口〟があったんだもん!「ひっ……!」悲鳴が出た私の前で、扉が大きく開く。現れたのは……――続きは帰ってから。な?あのイケメンキス男だった。「なんで、あなたが……」外で会った時は帽子をかぶっていて分からなかったけど、黒色の髪の毛だ。少し猫っ毛っぽい。そして黒の瞳。その“黒”がイケメンの邪悪度に拍車をかけてる。「つれねーなぁ」と笑うその顔は、見事な悪人ヅラだ。「キスまでした仲だってのにな?」 「だからです!”警戒”っていう言葉、知っていますか……⁉」横目で、ソファの上にクッションがあるのを見つける。よし、これで!「もし私に近づくなら、このクッションで綺麗な部屋をボコボコにします!」 「そのクッションで?」「はい!」 「できんの? ボコボコに」「……」無理かもしれない。だって柔らかすぎるもん、このクッション。フカフカ過ぎて、きっとダメージ0だ。しょんぼりと落ち込んだ私とは反対に、勝ち誇った顔をしたイケメン。「ふっ」と口角を上げ、ソファを指さす。「じゃ、とりあえず話をするか」 「……」こんな危険度MAXのような人と一緒に座りたくないけど、仕方ない。話を聞くためだもんね。「……座ります」 「ん、良い子」 「っ!」良い子――思いもしなかった言葉に不意を突かれる。ちょっとドキドキしちゃった。だけど頬を染めた私とは反対に、イケメ
記憶を手繰り寄せている私に、イケメンが「おい」と話しかける。「もしかして、この家、お前の?」「私のっていうか……。私の住んでた部屋があるアパートです」「げ、マジかよ……」男の人は顔を歪めて、まるで自分に起きた事のように絶望の表情を浮かべた。もしかして、哀れんでくれてるのかな?「(優しい人なんだろうけど、今はちょっと心に突き刺さるというか……)」「可哀想な目」で見られると、胸がキュッと苦しくなるから苦手。学校でもそうだった。お父さんがいないと分かったら、みんなが私を見る目が変わった。「可哀想」って言う子もいた。なんて言ったらいいか分からなくて、私はただ笑っていた。今だってそう。だから、こういう時は退散するに限る。「さっきはありがとうございました。では、これで!」「え……あ、おい!」向きを変えてダッシュ――しようとしたけど、今日の私はとことんツイてないようで。ドンッ誰かにぶつかって、今度こそ尻もちをついた。すると、さっきとは別の人の声で「ハイ」と、私に救いの手が伸びる。「うわ!君、めっちゃカワイイね!なに?家が燃えちゃった感じ?」「は、はい。そんな感じです」「マジ!?やっべー超やべーじゃん!!」すっごくチャラそうな男の人。「そっかそっか〜」って相槌の仕方までチャラい。「家が燃えちゃったかー、そりゃ大変だ。じゃあね、俺についてきて!今日タダで泊まれる所を教えてあげる!」「ほ、本当ですか!?」昔、お母さんに「タダより怖いものは無いけど状況に寄っては乗るのもあり」と教えられた!「(たぶん、今がその状況だよね!)」乗る!「こっちだよ〜」と路地裏を指さすチャラ男。その人について行こうとする私。だけど、その瞬間――「はぁ。まさか、お前がこんなに悪い子だったとはな」「へ?」 グイッさっき助けてくれたイケメンに、腕を引っ張られ、そして抱きしめられた。しかも、それだけじゃない。イケメンは私のアゴに手をやって、クイッと角度を上げる。それは、まるでキスする直前のしぐさ。「俺とケンカしたからって、当て付けみたいに他の男にホイホイついていくなんて……」「へ!?」かお近!ってか顔よすぎ!まつげ長!唇うっす!だけど興奮する私の頭の隅で、やっぱり「どこかで見た事ある」という気持ちもあって。晴れないモヤモヤが、心の中に積もっていく。「(喉まで
パチパチと燃え盛る炎に包まれる、私のアパート。季節は一月。冬特有の乾いた空気と、たまに吹き抜ける突風。それにより……「格安木造のアパートが全焼とは……」火の勢いってスゴイ。何がスゴイって、炎がどんどん大きくなっていって、あっという間にアパートを飲み込んでしまう所だ。「出て行ってて良かったね、お母さん……」誤解がないように言うと「ちょっと用事で留守中」とか、「少し買い物に出ている」とかではなく。お母さんは永遠に出て行った。幼い頃に両親が離婚して以来、母に育てられた私。だけど今朝、母は書き置き一枚で、アパートから姿を消していた。『冷蔵庫におにぎりあるからね』そのおにぎりも、アパートが燃えた今は炭になってるわけだけど。「おにぎり、食べたかったなぁ……」栗色ロングの私の髪に、空中を舞う灰が絡まる。黒色の斑点が、髪に浮かび上がった。「はぁ、今日のお風呂が大変だよ。髪が長いと、ただでさえ洗うの面倒なのに」言いながら、燃え上がる自分の部屋を見つめる。そういえば、私の部屋が燃えているということは、お風呂もないってことだよね?寝るところも無いんだよね?どこかのお焚き上げみたいに眺めていたけど、燃えているのは、私の全財産だ。あの炎の中に、(微々たる額とはいえ)私の全財産があるよね?お金だけじゃなくて、学校のカバンや制服も何もかも全部だ。「や、ヤバいかも……!」今さらになって、自分の身に起きた〝最悪の出来事〟を自覚する。ヤバい、本当にヤバい。何も手元に残らない!今日は土曜日。起きた私は意味もなく、ダルダルの部屋着を着て外を散歩していた。だから今、私の手の中には、アパートの鍵が一つあるだけ。「じゃあお風呂とか言う前に、下着も燃えた……?」その時、消防士さんに「下がって!」と注意される。「わ……!!」慌てた私がコケそうになった、 その時――ガシッ「あっぶねぇな」あれ?誰かにギュッてされている感覚。いま私、誰かに包み込まれている?大きな手が、私の腰を掴んでいる。いとも簡単に引き寄せ、倒れそうだった私を真っ直ぐ立たせた。「あ、ありがとうございます……」 「ん、気をつけろよ」 「は……い!?」ペコリとお辞儀をした後。ビックリしすぎて、声が裏返っちゃった。だって!「(なんと言う顔の小ささ!ううん、服が大きいだけ? ひょっとして来年以降も同